努力は人に見せるがいいかどうか

 「がんばってるね〜」と言われたかったあのころ。私は10代。それを言われたくて、部活が終わってから、グランドを走り、それを言われたくて、バイトでサービス残業をする。承認欲求をあげにあげるために、ウソな自分を作り上げていたわけです。結果どうなったか。誰からも好かれる”いい人”が誕生した。人の顔色を気にする星人が誕生したのでした。ちゃんちゃん。
 今はどうなったか。いい人を演じずに、人と触れ合い、傍若無人に言いたいことを言い、思ったことを忖度なしで行う。すると、周りから「白石さんって、いい人ね」と言われる。あれ?どうやら、演じなくても、私のよさは他人にわかってしまうようで。天性の”いい人”なのだとわかりました。さすが俺です。

さて、そんな私が、努力を人に見せるがいいかについて話したいと思います。

結論 あなたが見せようかどうか考えている努力なんて努力ではなく、私にとっては呼吸するくらい当たり前のことを、なに、努力っていってんだ。と言う話です。

 例えば、「おはようござます!」と元気に挨拶し、心の中で、(俺、遅刻してないんだよ♪朝早くに熱心に出社しているよ♪)と努力をアピールする人がいる。が、遅刻しないなんて当たり前。
サービス残業で「昨日、終電で帰ったよ」などと努力をアピールする奴もいるが、定時に仕事をこなせない無能は、サービス残業でもしないとただの給料泥棒だろう。と言いすぎてみた。
 努力をみせるかどうか考えるかっていうのは、自分の株をあげるかどうか、自分の頑張りを誰かに認められたいという欲求ってことで。結局他人から幸せの水をもらおうというマインドは、コップが満たされることはあっても、溢れることはないわけで。自分で水をみたせるようにならないと、”欲しい欲しい子ちゃん”や”足りない足りない子ちゃん”から卒業できないわけで。

 前にも言ったが、努力とは、”挑戦する”とほぼ同じ意味で、今ある状態から上の状態にあがることでしょうが。自分が高みに上がることのご褒美を他人の「すげーね」という褒め言葉にするべきではないと。すべきは「俺、がんばったじゃん」と、自分を褒めることにフォーカスすべきではないかと。挑戦とは、努力とは、人生を楽しむための神さまがいるならくれた醍醐味である。目の前のご馳走を頬張らないのは、あまりにもったいない。

まとめると 他人を気にしてはいけない

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